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2006年7月

2006年7月30日 (日)

経営者の能力の差について

 ある業界のベンチャー企業(といっても規模感は大きく、あくまで競合企業と比較した場合)から同じ業界の超大手企業の社員のスカウトの依頼を受け、数ヶ月プロジェクトで動きました。 そこで経営者の経営能力の差についてしみじみ考えさせられました。 

 クライアントのベンチャー企業の経営者の能力は素晴らしく、戦略立案、実行、組織マネジメント、全てにわたって高いレベルで実現されています。しかしながら、現時点では誤解を恐れずに言うならば、各層の社員の質はライバル企業と比し明らかに低いといわざる得ない状況でした。 それは学歴から人間力、コミュニケーション能力、ビジネス遂行能力にわたってほとんど全てです。(この認識は経営者とも共有済み)

 逆に同業界の超大手企業の場合は、経営者がいるのかいないのか存在感すら希薄な状況で、まともに今後の経営戦略など考えてなさそうな方です。(彼の講演を聞いたこともありますが、業界のことも自社のこともよく分かってないことはよく分かりました) しかしながら、社員のレベルはどの階層の方も高い状況でした。エグゼクティブ、ミドル、ジュニアとどの階層も極めて高いレベルの人材が多く、そうでない人を探すほうが難しいほどです。 驚くべきことに入社間もない社員でもあっても明らかにベンチャー企業の社員とはレベルに差がありました。

 両社のビジネスでの戦いは既に始まっており、この1年で本格的な勝負となります。 どちらの企業が今後生き残っていくか考えた場合、私はベンチャー企業の方が勝ち残っていくような気がしています。ベンチャー企業の経営者は社員の個々人のパワー・能力を強力なリーダーシップのもとに結集し、社員の能力の総和を超えるパワーを創りだしています。まさにそれは社員の能力を掛け算で引き出しているようです。 逆に超大手企業の経営者は社員の能力の総和以下のパワーしか引き出せていないようです。 こちらの社員の能力は個々人のレベルでは相当高いだけに本当にもったいない話です。

  企業の能力は経営者の能力を超えない、という話を聞いたことがあります。あなたの会社の経営者はどちらのタイプであろうか? 今一度、考えてみることをお勧めします。

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2006年7月23日 (日)

当事者意識があるかどうか

 「当事者意識」という言葉を聞いたことはあるだろうか。 文字通り「直接、事に当たる者の意識」ということになるが、この当事者意識を持っている、持っていないかはビジネスマンとして成功を大きく左右すると感じています。

 仕事柄、さまざまなエグゼクティブな方々と接するが、やはり仕事ができる方は当事者意識が高い方が多い。 具体的には、自分の職責としてどうするか、この困難な状況をどう解決すべきか、自分の職責外であるが、会社として気になっていることをどのように解決するか、常に考えている。 こういった方にとっては、景気、政治、社内のささいな問題点など、自身がコントロールできないことについては一向に気にしない。関心があるのは、自分がどうやって解決するかだけだ。

 素晴らしく当事者意識の高い方に、どうしたらそのような能力を高めることができるのか聞いてみた。彼の答えはこうだった。 「常に当事者意識を持つことだよ。 話は簡単で今、こうしてお店で食事していても、自分がここの店のオーナーだとしてら、店の外装、内装、雰囲気はどうする、従業員の教育はどうする、料理のメニュー、値段、レパートリーはどうする、などと日常からシュミレーションしてみるといい。 そうしたシュミレーションを積み重ねることで、気づかないうちに当事者意識は磨かれてくると思う。」と。

 逆に悪い例で言うと、ヘッドハンティングの現場でこれはと思う方でもこの当事者意識の欠落した方は以外に多い。 具体的に外資系日本法人社長、事業部長、事業部長候補クラスのポジションにふさわしいと思った方であっても、インタビューの中で、オファー予定の企業に対するコメントとして、社風が悪い、業績がイマイチ、社員の質が悪い、部下をマネジメントする自信がない、などと、できない理由ばかり言う方がいる。 確かに鋭い指摘も多いが、そのほとんどは当事者意識の欠如、悪い結果は外部環境のせい、よい結果は自分のおかげ、といった感じのマインドであるといえる。 自分だったらこうする、こう変革する、という意識が薄いか、ない。 一般社員レベルの方であればこういったコメントもいたしかたないが、企業の経営層の候補者のコメントとしは確実にアウトである。 そもそも会社をよりよくしていくためのリーダーのポジションであるのに、「当事者意識が感じられない」となるのである。

 あなたは「当事者意識」をもって仕事に打ち込んでいるだろうか? できない理由を外部環境のせいばかりにしていないだろうか? 今一度、自身を振り返ってみることをお勧めします。

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2006年7月16日 (日)

仕事(会社)を替える時はいつ考えるべきか?

 仕事(会社)を替える時はいつ考えるべきであろうか? 言い換えるなら、いつヘッドハンターとコンタクトをとっておけばよいであろうか?

 結論から言うと、「常に」である。常にキャリアにおいても選択肢をもっておく時代になってきていると考えています。

 これは悪い例から言えば分かりやすい。おおよその日本人が「転職」を考える時、ほとんどの場合、現職の会社の調子が悪くなった時、組織から評価されなくなった時、上司・同僚とソリが悪くなった時など、ネガティブな時期が多い。 実際、我々がやっとターゲットである候補者とのインタビューにこぎつけたとしても、「今はいいけど、調子が悪くなったら頼むよ」というケースは非常に多い。 誤解を恐れずにいえば、このマインドが間違っているといえる。 なぜなら、「勢い」のある時に次のステップをつかむことは比較的たやすいが、「勢い」がなくなった時は非常に難しい。 キャリアのポジションについても非常にタイミングが重要だという現実もある。 このことは、我々も経験的に実感しており、ネガティブな理由で転職したい人の相談を受け、なんとかよい活躍先を見つける場合と、全く転職意思のない方に、まさに「初めまして、こんにちは」という一見ハードな状況からアプローチした場合とでは、明らかに後者の方の負荷率が低い。 物理の放物線をイメージいただけると分かりやすいかもしれない。 欧米人のケースでは、「調子がよい時」ほど、積極的にさらなる飛躍のポジションの求める傾向がある。 

 もう一度繰り返しておくと、現職にて会社の調子がよい時、組織から評価されている時、出世の見込みがよめた時こそ、キャリアにおいても選択肢をもつべきであろう。キャリアの選択肢を持つことによって、逆に現職に打ち込めたりというような現職にもプラスの効用がでることが多いことも我々は経験的に知っている。 活躍の場は「ここしかない」という悲壮感をもった精神状況と、「自身の納得できるプランしか実行しない。できないなら他にいく」という余裕のある精神状況とでは、でてくるアウトプット、パフォーマンスは違って当然であろう。  このことはみさなんも経験的に感じていることは多いのではないだろうか。 例えば、「ここしかないっ!」と決め込んでいる社員が多い組織がいかに内向きな意思決定様式、行動様式をとり、あらゆる面で外部環境の変化にキャッチアップできていないかという現実である。組織の「幻想的な安定」に安住して自身の市場価値を高めるためのリサーチを怠っていないだろうか? 今一度、意識づけされてみてはいかがでしょうか? 

 また、ヘッドハンターは、多忙なビジネスマンに替わって、絶えずキャリアのマーケットを注視しています。 時には偵察衛星のごとく、時にはミッション・インポッシブルのエージェントのように。 現職に打ち込んでいる方ほど、キャリアの選択肢をもつ労力を割くことが難しいのが実情です。 キャリアにおいてあなたの眼となり耳となるのがヘッドハンターです。 コンタクトを取っておかない理由を上げるほうが難しいのでは、と感じています。  最後はかなり「営業」センスが入ったコメントになってしまいましたが、今一度。

 常にキャリアの選択肢をもっておく時代になってきています。 意識づけされることをお勧めします。

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2006年7月 8日 (土)

ロナウジーニュのノールック・パスから考える仕事の見せ方について

 サッカーワールドカップも残すは決勝戦だけとなった。弊社はフランスでヘッドハンティング・ビジネスをしていた経験のある社員がいるので(当然、フランス語も堪能)、フランス系企業のクライアントも多く、心情的にはフランスを応援したいところです。(個人的には特にどちらを押している、というわけではありません) さて、雌雄はどう決するのであろうか。楽しみにしています。

 さて、今回のタイトルはいささかキャッチーなものにしてみた。「ロナウジーニョのノールックパスがどうビジネスに影響するのだ?」と聞こえてきそうである。 ロナウジーニョはご存知のようにブラジルを代表する素晴らしいサッカー選手だ。今回のワールドカップにおいてもブラジル国民のサッカーに対する期待は我々の想像を超える熱の入れようであった。ブラジル国民はブラジル・チームが優秀することを強く希望し、確信していたようでさえあった。 ご存知のように国民の期待を一身に背負ったブラジル・チームはフランスに敗れてしまった。 

 私は自室でブラジル無念の敗退を伝えるブラジル現地の映像を見て、名もない1人の男性がすごい形相で大きく叫んでいる声を聞いた(当然、意味は字幕を見て分かったのだが) それは、「ロナウジーニョのあのノールック・パスはなんだ!あんなに軽々しいプレーしやがって、あれでは勝てない!」

 私はサッカーの専門家でも詳しくもないので、敗因について意見を述べることはできない。 逆に私はあの映像を見てこう感じた。「ビジネスの世界でも結果は非常に重要だが、反面、勝ち方、負け方も非常に大きなインパクトを人間の感情の部分に影響を与えてしまうのだな」と。

 「普通」のビジネスマンであれば、まずは結果を出して勝ちなさい、というメッセージが順当であるが、「普通以上」のビジネスマン、マネジメントもしくはエグゼクティブ層を目指す、もしくはそこにいるビジネスマンにとっては、「結果をだす」ということは当然のレベルと考えているので、それ以上のことを求めたい。 よい結果を出す、勝った時は基本的に全てがうまく回るので、実はあまり考えることはないが、より重要なのは、運悪く負けてしまった時の対応だといえる。 ビジネスの世界で100戦100勝はありえないのは周知の通りであろう。 

 ブラジルの観衆はなぜ怒っていたのか。それはスーパースター、ロナウジーニョの華麗で計算されたノー・ルックパスを見て、単純に「真剣さ」が伝わらなかったので怒ったのだ。当然、ノールックパスは「意表をつく、相手の読みをはずす」ほどよいプレーだといえるので観衆を怒らせたロナウジーニョのプレー自体は、ゆえに最高であるといえるであろう。 にも関わらず、観衆は怒っているのだ。

 人間の心の状態は単純なもので、「頭で分かっていても、どうも解せない」ということはよくある。 皆様のご経験からもこの現象はすぐに何通りかの具体例を挙げることができるであろう。 また、以外に厄介なのが、「頭が分かってる」部分よりも「感情」の部分の方が人間の行動特性や意思決定に大きな影響を与えてしまう点だ。 ブラジル観衆もロナウジーニョのノールック・パスの良さは頭で分かっていても、「感情」の部分で真剣さが伝わりづらかったので怒ったのだ。 サッカーで言えば、ボールを相手に取られた時も、ノー・ルックパスを失敗させた時とドリブルをしている時では、心に与えるインパクトが違うというわけだ。ドリブルの時に相手に強力なタックルをされ、大きく転び痛がっている姿の方に人は単純に感動したりするものなのだ。

 ビジネスシーンに話を戻すと、あなたのビジネスに打ち込む姿勢は常に、上司、同僚、部下、お取引に見られている。 ビジネスの質の部分で高いパフォーマンスを上げるのは当然として、そのビジネスに打ち込む姿勢は常にファイティング・ポーズであろうか。 「見え方、見せ方」ついて語ると、若干チープ感がでてきてしまいそうであるが、以外に重要である。 高いレベルを目指すビジネスマンにとって必須の「肝に銘じておく事項」と考えています。 このことは周囲をみれば一目瞭然で、いかに「頭がよく行動力もあり、いつも期待されている以上のパフォーマンスを出している人」も、当事者意識、責任感の感じられない方で企業の重責を担っている人は非常に少ない。 これは本人がどう強く認識していたとしても、他人にそう思われてしたった時点で「終わり」なのである。

 あなたのビジネスに打ち込む姿勢はどう周囲に「見えている」、「感じられている」だろうか。 今一度、チェックされることをお勧めします。

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2006年7月 2日 (日)

ここがおかしい?日本企業の体質

 ヘッドハンターとしてさまざまな企業/候補者と日々接している。そこで、感じる「ここがおかしい日本企業」について述べてみたい。 企業組織のあり方については古今東西さまざまなモデル・概念があるため、「学問」のレベルまで話をエスカレートさせるつもりはない。あくまでも1意見として述べてみたい。

 一番おかしいと感じている点は経営幹部層の責任の取り方です。具体的にいえば職位、役職、権限が上がるにつれ、その責任の取り方がどんどん弱くなる、という点です。 さらに結論を言えば、マネジメントに属する人々は、いつ首を切られてもおかしくないという緊張感で業務にあたり、かつ社内/外部からも評価・処遇されるべきです。 権力、権限、地位をもっている人ほど「不安定」であるべきなのです。 日本の大企業には、現場から離れれば離れるほど「偉く」なったような錯覚を起こしてしまう雰囲気がありますが、これは本当に危険な傾向といえるでしょう。なぜ、現場から離れるのか、それは事業遂行の責任を回避する保身の行動スタイルが企業そのものに染み付いているからでしょう。 実際、ここ数年、経営がおかしくなった企業のケースのほとんどにこのケースは当てはまっています。   また、別の視点でいえば、真のリーダーは激戦の環境で戦わないと育成されないという点です。 真にサバイバルしてきた優秀なリーダーに組織運営を任せるべきでしょう。 また、運悪く、もしくは、自身の失政により負けてしまったリーダーも反省材料を生かし、次回の戦いに生かせばよいのです。 日本の今までの昇進モデルはトーナメント制のため、戦い方も「大きく勝つ」モデルではなく、「負けにくい」戦い方だったため、どうもこじんまりした経営者が多いようにも思います。結果、業績も振るわないのです。 みなさまもこんな経験はないでしょうか? なにかしらの講演会で楽しみにしていた大企業サラリーマン社長の講演がいかに「つまらないか」ということを。 それに引き換えベンチャー系/創業者系経営者はほとんどがエキサイティングな内容が多いと思います。 最近では日本の大企業経営者の略歴で、以外に傍流出身であったり、異国の地で志士奮闘の戦いを繰り広げてきた方が増えてきているのは、実戦経験がいかに重要であるかを指し示す良い具体例ともいえるでしょう。

リーダーとして、どんなプロジェクト/事業を担当し環境がどのように変ったしても、事業の目標を明確に定めその達成度合いによる評価は厳密に実施されるべきであろう。 優秀でないリーダーのもとに、明らかに競合企業よりも競争力向上が期待できない組織にいる構成員は大変に不幸だといえる。

 さらに最悪なケースはダメなリーダーが自身の経営判断のミス、事業運営のミスを部下におしつけるタイプだ。いわゆる「トカゲのシッポ切り」スタイルだ。以外にこの厄介なタイプは非常に多い。こんな上司をもったら一刻も早くビジネスの場を替えたほうがよい。 外部からみて素晴らしい企業でも、優秀なミドル・クラスがガンガンに抜けている会社はこのケースが多く、ヘッドハンターの有力なターゲット・カンパニーになっている。

 責任のあるポジションの人ほどローリスク、これはおかしい。偉い人ほどリスクを背負い、公正明大に評価/処遇をうけるべきだと考えます。 既に欧米ではマネジメント力を武器に華麗に職歴を重ねる人がでてきている。 奇異に感じる日本の経営者をめぐるよくあるシーンの一つに、社長就任に際し周囲が、「おめでとうございます!」、「やりましたね!」、「おつかれさまでした」といったねぎらいの言葉が多い。 これから命がけで企業のリーダーとして全身全霊をもって過酷な業務に取り組まないとならない企業リーダーへのねぎらいの言葉としては、「本当に大変だと思いますがこれからもさらにがんばってください」、「どうか健康にだけは気をつけてください」、「経営判断のミスをしたら首を切られると思いますが、がんばってください」であろう。 「おつかれさまモード」であれば企業の成功より、自身の保身に走ってしまい、事業の成長はイメージしにくいのは誰の目にも明らかであろう。 欧米では30代、、40代のリーダーが、「気合を入れて」戦ってくるのであるからその後の両社の結果の差は恐ろしいものがあるといえる。

 あなたの会社のリーダーはどんなタイプだろうか? 今一度考えてみることをお勧めします。

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